ものがたり

鷺沼の章 白鷺のやってくる沼

 ある沼のほとりに、一組の夫婦が住んでいました。結婚して五年たつのですが、なかなか子供が授かりませんでした。妻は毎朝お日様に子供が出来るようにお祈りしていました。
 ある晩、妻は不思議な夢を見ました。頭の上から突然光が差して、声が聞こえてきました。
 「白い布で、産着を一揃い作りなさい。そしてそれを沼に流せば、おまえの願いはすぐにかなうであろう。」
半信半疑ながら、妻は市で白い布を求め、産着を縫い、沼に流しました。
 その翌朝、夫婦は赤ん坊の声で目覚めました。家の入り口の前に、妻が縫った産着を着た赤ん坊がいました。色白の女の子だったので、夫婦は 「ゆき」と名付けました。夫婦はうれしくて、大切に育てました。
 三年たち、ゆきは大きな病気をすることなく、元気に育ちました。ただ一つ困ったことがありました。
 夫婦が目を離すと、すぐ沼の方へ行くのです。危ないので、家の奥の部屋に置いておきますと、一日中しくしく泣いています。ですから妻はゆきを負ぶって仕事をしてましたが、背中でむずがるので、仕方なく沼のほとりをゆきが眠るまでうろうろ歩き回らなければなりませんでした。
 ある日どうしても急ぎの仕事があり、ゆきを奥の部屋において作業をしてました。昼時に、部屋にいくとゆきの姿がみえません。夫婦は必死にあたりをさがしました。
 沼に落ちたかもしれないと、船をだして竹さおでつついてみましたが見つかりませんでした。
 ゆきがいなくなってから、夫婦はなんにも手につきません。ふたりでぼんやりと一日中沼を眺めているだけでした。それからどれくらいたったでしょう。ある日、一羽の小さな白鷺が沼に降り立ち、夫婦の家の上を何回が旋回して飛んでいきました。
 その翌年、二羽の白鷺が沼にやってきました。浅瀬で何かをついばんで、また夫婦の家の上を何度か旋回して飛んでいきました。
 さらに翌年、今度は四羽の白鷺がやってきました。そのうちの二羽は少し小さくて、どうやら子供のようです。やはりえさをついばむと、夫婦の家の上を回って飛び去っていきました。それから毎年、やってくる白鷺は多くなり、そして彼らは皆夫婦の家の上を回っていくのです。
 妻はふとに思いついたのか夫に、
「あの白鷺たちはもしかしたらゆきの家族では・・・・。」と話しかけました。
 すると夫も、「最初にきた白鷺は、ゆきだったのかもしれんな」と空を見上げました。
 それから夫婦は白鷺がやってくる度に、「おかえり」 と声をかけて、沼に降り立つ鳥たちを眺めて暮らしました。
 白鷺がたくさんやってくる沼は、いつの頃から白鷺沼を呼ばれるようになりました

陶久尚子・作