ものがたり

婆さんと孫との寝物語

 現代はラジオやテレビが家庭に入り、子供の読み物(童話や絵本)が氾濫し、世の中は恵まれ過ぎているが、何かに欠けていて、忙しく殺伐としている様だ。
昔は何か心にゆとりがあり、暖かみがあったようだ。盆と正月は今も変わりはないが、昔は、子供たちにとっては待ち遠しいもので、指折り数えて待った。

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婆さんと孫との寝物語孫「婆ちゃん、お正月はどこまで来たの?」
祖母「キリキリ山の向こうかな。いやいや山のこっちまで」
孫「うーん、お正月は何するの?」
祖母「今唄って聞かせすっすから。  ♪お正月っさんはよいもんで、木葉(こっぱ)のような餅食って、油のような酒飲んで」
孫「うーん、それから、それから?」
祖母「♪味噌豆、煮しめ、ごんぼ炒り、里の土産がどっさりこ」
孫「もう、いくつ寝るとお正月?」
こうして祖母と孫は、共に楽しくお正月の来るのを待った。
待ちに待ったお正月が来た。木葉(こっぱ)のような餅も食べた孫たちの喜ぶ姿を、祖母は目を細めてニコニコと共に喜んだ。平和そのものであり、なにがなくても喜びに満ちあふれていた。
また、祖母の懐で寝るときは、ねだって祖母に唄わせた。祖母はまた、小さな声で節を付けて唄ってくれたのだ。
祖母「♪背戸の柿の木さケンケン鳥止まった。なじょして止まった。枝ぶり見て止まった。なあんして首っこ曲げた。腹っこへったんで曲げた。腹っこへったら降りてこい。降りてきて物こ食けえ。物こ食へば冷むて。冷むてがったらあだれ。あだれば煙て。煙てがったら引ちやれ。引ちればけっこ(尻)の皮むける。おがあちゃんに縫ってもらえ。おがあちゃんはてんぼうだ。おどつぁんに頼め。おどつぁんもてんぼうだ。てんぼうだったらぼんだせ。ぼんだせば困る。小豆まんまが食わんねい。食わんねえから俺らやんだ。なんぼしても俺らやんだ」
昔しは親子の情愛をケンケン鳥に託して、それとなく教えられたのだった。
季節も変わり、夏が来た。蛍も飛びかい、いろいろな生き物も出て来た。
孫「婆ちゃん、蝿はなぜ手をばすり併せるの?」
祖母「殺されねいよう、堪弁してけろ勘弁してけろて、手こをばすり併せてお願えしてるだよ」
孫「蝿より大きいアブは、なんて泣いてるの?」
祖母「あれはな、『盆(ぶんまで)盆(ぶんまで)』と言っているんだよ。蚊はな、小さい声で(旧暦の)七、八月まで『ピーン』言うだよ。それから、秋さか涼風が立つようになっとな、家のでいどころ(台所)や縁の下でな、こうろぎが寒くなんねえうち『裾取って肩こさつげ、裾取って肩こさつげ』て鳴くだよ。又タッペ(霜)が立つ頃はな、でいどころの下で『明日の米あっか、米あっか』て鳴くんだと。可哀そうだね。明日また聞かせすから遅いんだで寝るべえ」
孫は遊び疲れも出て、婆さんの懐でスヤスヤと夢の国へ。平和だな。
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昔しは、孫たちが転んだりして痛くして泣いて帰って来ると、「痛いとこ痛いとこ、館山まで飛んでけ」とか、婆様がしわだらけの手でさすってくれて「ズツンポンパイ黄金サラサラ痛いとこ飛んで行け」と、おまじないをしてくれたのだ。
又、それでも泣き止まぬと、「ドテッポッポ泣く子は食うぞ」とフクロウが言うから、フクロウにくれてやっからと嚇(おど)かされたものだ。
昔しは家々に年寄りがいたので、孫たちはいろいろな事を教えられた。
 生き物の命の尊さ、物の哀れみ情け、食べ物の有難さ、季節の移り変わり等、知らず知らずに教えられて育っていったのだ。
お爺さん、お婆さん、ありがとう。

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