ものがたり

滝沢分捕り合戦

滝沢分捕り合戦大光寺の奥に山下沢という所がある。
ざーと昔、山下沢にそれはそれは大きな蟹が住んでいたと。その蟹は山下沢だけでは物足りず、山の向こうの滝沢まで穴を掘る事にしたと。そこへ行くのには山崎山の下を通って行かねばならず、山崎山の岩は固くて固くて、蟹は途中まで掘って諦めたと。蟹は山崎山をまわって滝沢へ行く事にしたと。
一方、滝沢の南の山の向こうの照内という所の沼に、身の丈十尺もある鰻の主が住んでおったと。その鰻も滝沢を欲しがっていたと。しかし、滝沢までは固い岩のコロコロ山があり、穴が掘れないので困っていた鰻は、「そうだ、裏の薬師山をまわって行こう」と、決めたと。
こうして、蟹と鰻との滝沢争奪戦が始まったのだ。滝沢の夜は深々と更け、森の木の葉も揺るがぬ静けさに、突然生臭い風がサッと沢を渡ると、ザワザワと滝沢に大鰻が現れ、鏡のような眼を光らせあたりを睨みつけたと。
この時、大きなハサミを振りかざし、鰻の頭上に襲いかかったと。不思議や、今の今まで静まりかえっていた沢が、恐ろしい雷が鳴り響き電光が走り、もの凄い豪雨となり天と地がひっくり返る様なもの凄さ。戦いもやっと終わり、さしもの大鰻も蟹のハサミにさいなまれ、蟹もまた大鰻の尻尾に跳ね飛ばされ、岩に叩きつけられたと。蟹は滝沢を諦めて、山下沢にようやく辿り着き、蟹穴で死んだと。
また、蟹のハサミで傷つけられた大鰻は、照内の沼に辿り着き息絶えたと。流れ出す鰻の血潮で沼の周りを真っ赤に染めたと。
人々はその沼を「赤沼」と呼び、今でも大鰻が住んでいると伝えられている。
現在の自衛隊の西門あたりとか。

柴田かたりべの会・選