ものがたり

原田甲斐の白狼退治の話

原田甲斐の白狼退治の話 甲斐がまだ子供の頃の話です。
 お気に入りの家来、軍大夫と敬之進の二人を共に連れて、屋敷から少し離れた大森山へと出かけました。山の峰には何百年も経った松の老木が枝を延ばしていました。
 甲斐はその老木に登って遊びました。下には鍋倉沼や大沼が見え、遠く雪を頂く蔵王の峰、後ろには阿武隈の山並みが見渡せ、面白かったので時の立つのも忘れ遊びほうけてしまいました。
「もう夕方、甲斐様、家で心配しますから帰りましょう」 と甲斐を促し山道を下ってきました。
 その時甲斐の前二、三間先に、まだよく飛べない山鳥の雛が一羽、羽ばたき降りてきました。子供の事とて、それを捕まえようとそっと近づきますと、また二、三間先に飛んで降りる。追っては飛び、追っては飛びしてうる内に、つい十丁(約二百メートル)ばかり下って樅の木の鬱蒼(うっそう)と茂っている林の中に来てしまいました。それでも雛は依然として二、三間先に降りては「ここまでおいで」という様に、涼しい顔をしています。子供心にも、くやしさが手伝いまたも追います。
大変な事に、樅の木の林より二丁(約四百メートル)程入った「上の窪」の谷間に入り込んでしまっていました。ここは人々が恐れて近づかない様にと言われている所なのです。はや日も暮れ、向こうの暗がりに大きな樅の木らしいのが、不気味に空高くぼんやりと黒ずんで見えました。
暮れ六つ(夕方六時頃)になっても、甲斐たちが戻らないというので、屋敷では家の者や家来を集め、松明(たいまつ)を灯して「甲斐様、甲斐様」と呼びながら山を登って行きました。「上の窪」辺りまで来た時、突然誰かが
「人が倒れているぞ、やぁ軍大夫が」
と、驚きの声を上げました。松明を近づけて見ると軍大夫は事切れていました。それより二、三間離れて敬之進が倒れていました。いずれも鋭い歯で喉元を噛み切られて、息絶えていました。大そう驚いた家来どもは、「甲斐様、甲斐さまーあ」と、大声で呼ぶと、「おうー」という返事。声は暗闇の中、なんと木の上の方からします。明りでよく見ると、甲斐は樅の木の上にいたのでした。甲斐はすぐには降りようとしませんでした。
話は前に戻りますが「上の窪」まで来てしまった三人は、途方にくれてしまいました。どっちの方が西かか東かわからない暗闇の中で困っていると、闇の中から二つの光った眼と、鋭い唸り声。
おやっと思う間もなく、頭上を狼が身軽く二度三度と飛び越えました。そしてまず、敬之進の倒れる音がして、その後、軍大夫も小さな悲鳴を残して倒れました。 二人を倒した狼は猛然と甲斐を目がけて飛びかかって来ました。ふと甲斐は、爺やが日頃から、よく山に行く時はと話し聞かせてくれていた事を思い出しました。
「狼という獣は、喰いつく前に必ず人間の上を飛び越えて、自分の小便を人間の目に入れ、目を潰してから噛み殺すものだ」と。
甲斐はとっさに腰に差していた、二尺五寸の刀をば、頭の上に真っ直ぐに立て額を地につけ目を閉じました。狼は数回飛び越えました。うち二回は、確かに手応えがありました。妙な鳴き声を残して、どこかへと消え去りました。甲斐は危険を避けて近くの樅の木によじ登り、しばし休息をしておったのです。
さて、翌日、血の跡を辿って行くと、「上の窪」の岩穴の所で止まっていました。中を覗くと、子牛程の大きな白狼が腹を二か所切り裂かれて、惨(むご)い姿で横たわっていました。

今はその窪地も整地され、その穴の近くにはアパートが建ち並んでいる。現在の船岡西二丁目辺りだとか。 
どんとはれ

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