ものがたり

かめ井戸の水

 船迫の山道の峠に一軒の茶店があったど。村田の町さ行ぐには一番近くて、ズーッと昔は『坂上田村麻呂』という大将軍が、何万という大軍隊を引き連れてこの道を通ったり、そのほかおおぜいの殿様達も、沢山の家来を連れて通ったりした古い古い時代からの道で、当時としては、道幅も広くて一番安心して通られる道だったんだど。
この道には残念なことに水の沸く所がなく、峠にある茶店では、汗をふきふき登ってくる旅人も村人も決まってこの茶店に寄って、冬には熱い茶を、夏には冷たい水を一杯すすって行くのが、ならわしのようになっていたんだど。
この茶店には、まだ十二歳になったばかりのかわいい女の子がいて、年老いた父母を助けて、せっせと稼いでいたそうだ。その娘は大評判の娘で器量がよいばかりでなく、大変心根のやさしい笑顔の絶えない良い子だったんだど。
この娘子、もう一つ感心なのは、一日に何回も麓の庄屋さんの家から井戸水をもらって、テンビンで水桶をかついで、峠の茶屋まで運んでいるんだど。村の人達も旅人も必ず一杯飲んでは一銭か二銭の金を払っては、娘に感謝して行ったんですと。そんなある日、つぎはぎだらけのぼろ衣を着た旅のお坊様が、麓の庄屋さんの家の辺りから娘と一緒になって、娘にいろいろ話しかけながら楽しそうについて来たんだ。坂道が急なので、二人は途中で少し休んだど。すると坊様は、手拭いを出して汗をふいていたが、「カヨちゃん、その水一杯飲ませてくれめいかな」と言ったので、「ああいいよ、ちょっこら待ってでけらい。ひしゃくがないから柿の葉っぱでゆのみを作るから」と言っている間にお坊様は、身体をかがめて水桶に顔をつっこんで、さもうまそうにゴックンゴックンと飲んだんだ。カヨちゃんは心の中で、「なんと行儀の悪いことするんだべや」と思っても、嫌な顔ひとつせず笑っていだど。するとまた少し登ったところで、「もう一杯」と言って水を飲み、それからまた少し登ると、「もう一杯」と何度も水を飲んだので、峠の茶店に着いた時には、水桶の半分以上もなくなってしまったど。
お坊様はにこにこしながら、カヨちゃんの様子を見ているんだど。カヨちゃんは悪い顔ひとつせず、桶に残った水を炊事場の瓶(かめ)に持って行き、その一つを瓶にあげて、もう一つの少ない方もあげっぺとした時、「カヨちゃんや、その水をぜーんぶ私に下さいな」何するんだべなと見ていだら、お坊様は、柄杓を取って桶から残っていた水を汲み、お経を唱えはじめだんだど。唱え終わるとお坊様は柄杓の水を桶に入れると、その桶を持ち上げて、茶店の裏にある大きな岩のところに持って行き、その岩の中程のところを杖でたたいて、経を唱えながら、桶の水をザーッとばかりその岩に全部かけてしまったんだ。
かめ井戸の水まもなく、不思議なことが起こったんだ。杖でたたいたところから水が沸いて出だんだ。「コン、コン、コン:::」 と、水は岩を伝って流れた。そしてお坊様は、 「カヨちゃん、この湧水の下に瓶を置きなさい。 そして瓶から水を汲んでお使いなさい」 とおっしゃって、手柄杓に一杯水を汲みさもうまそうに、ゴックンゴックンとのどを鳴らしながら飲み、飲み終わると村田の方に去って行こうとした時、 「お坊さん、待ってけろ。水をいっぺ飲んだがら腹痛ぐなっと大変だから、おらの家さ腹薬があっから飲んでいがせ。少し苦いげんど効き目があるがら」 お坊様はカヨちゃんにすすめられて店の方にまわって行ったど。
「この薬はとうやぐと言って、このあたりの山さたくさん生えているので、おらが採って煎じておいだんでがす。どうぞ」「なるほど苦い、でもきっと薬効があるだろう。ありがとう」お坊様は、カヨちゃんの頭を撫でて去って行ったど。 親子三人ばかりでなく、旅人も村人もこの様子を見ていて、誰ともなくこの水を「かめ井戸の水」と呼ぶようになり、好きなだけ飲んではお金をそこに置いて行くようになったど。
峠の親子は後に金持ちになり、人々や村に尽くし幸せに暮らしたそうだ。

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