ものがたり

立石長者

むかし、むかし、船迫の立石というところに、立石長者という大そうな金持ちが住んでおった。信仰心のあつい人だったが、何の因果か、代々長者の家を継ぐ者は、無限(むげん)地獄(じごく)の妄想に悩まされておった、と。
ある日のこと、一人の旅のお坊さんが長者の屋敷に来て、一晩泊めてもらえまいか、とたのんだ。信仰心のあつい長者は喜んで、このお坊さんを迎えた、と。
旅の支度をとき、ゆうげをすませて、お坊さんは旅の疲れをいやしておった。  そこに思い詰めた顔をした長者が姿をみせ、その悩みをうちあけた。悩みを聞いたお坊さんは、あわれに思い、こう語った、と。
「まず千そうの船をつくり、これを三七・二十一日間供養して、川に流しなさい。次に千巻の経典をおさめ、三七・二十一日の供養しなさい。最後に南蛮の鉄を求めて、五体の鉄の阿弥陀様を作り、三七・二十一日間供養しなさい。そのようにすれば、悩みは消えるでしょう」
長者はお坊さんのおしえどおり、まず千そうの船をつくり、白石川に流した。川は、船で水面が見えなくなるほどだった、と。
次に長者は千の塚をきずき、それぞれに一巻ずつ経典をおさめた。そうして結願には、五体の鉄の阿弥陀様をつくり供養した、と。
お坊さんがおしえてくれたことを、全部すませると、長者はその中の一体を、屋敷の庭にあった池の中に入れた。すると不思議なことに、池の水がにわかに湯気をたてて沸騰し、池の中にすんでいたヒルが浮かびあがった、と。村の人たちは、仏様が長者の悩みの身代わりになってくださったと、うわさした、と。
そうしたわけで、今の船迫の大光院には、四体の鉄の阿弥陀様がまつられている。
船迫からとなりの沼辺にかけては、数多くの塚が今も残っているが、これは立石長者が経典をおさめたものだ、と。
悩みが消えた長者は、仏のおしえに従って、旅をする人々に善根をつつみ、長く栄えた、と。
しかし、いつか長者の屋敷もなくなり村には一つの歌だけが残った、と。
あかねさす みつばうつぎの その下に うるし千ばい 朱万ばい
立石長者

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