ものがたり

六兵衛(ろくべえ)さん その二

むかし、六分という観音様を背負って家々をまわって、カドヅケ(門付)をしながら修行して歩いていた人がいたんだど。
槻木の村に来た時に、槻木の者たちが、ひどい飢饉で苦しんでいたのを見て、カドヅケでいただいた金を寄進したんだど。そして、この槻木に住みついて、生涯を閉じたんだど。
そこで、その六兵衛さんが亡くなった時、その心に報えるべく小さな地蔵さんを作ってまつりお参りをしていたが、時代が過ぎて語り継ぐ者もなく忘れられ、いつのまにか地蔵さんの姿も、見えなくなってしまっていた。
ある時、槻木の村にはやり病が広がって、誰言うとなく何かのたたりではと話が出て、神おろしをして拝んでもらったんだと。
そしたら、「私はどぶ田の中に逆さになって埋まっている地蔵だが、逆さになっているので苦しくて仕方ない」という神さまのお告げに、村人たちがどぶ田を掘ってみたら、六分地蔵が出てきた。
村の長老に話を聞いたら、前文のような事を知ったので、村人は六兵衛地蔵として大切に祀ったんだとや。

今は町名変更で、何丁目という呼ばれ方をしているが、以前は六兵衛墓という地名が付いていた。また、昭和二年に葛岡公園に稚子行列をしながら移転され祀られている。
六分地蔵が埋まっていたどぶ田は、現在の平間たみ子さんの家の裏に六兵衛墓があったのだと、昔を知るお方に聞かされた。また、このどぶ田は昔、アイ玉(染物に用いる)のアイを栽培していたそうな。

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