ものがたり

羽山の娘

羽山の娘まだ、里人が誰もいないころのお話です。
白石川に白い竜がすんでいました。ゆったりとした川の流れに身を任せて、山から海までゆっくりと下っては上り、下っては上るを繰り返していました。
 羽山のお山には、神様が住んでおられました。神様にはそれはそれは美しい一人娘がおりました。
娘は毎日、川の流れに乗りながら悠々と泳いでいく竜を眺めていました。
「なんて気持ち良さそうなのでしょう。」毎日、うらやましく眺めていました。
何度か川に行きたいと父親に頼みましたが、いつも止められていました。
「私は川の安全を守るのが務め。あの川には時々悪さをする竜が住んでおる。竜が暴れるたびに念力で悪さを止めておる。そなたが川に行けば、恨みに思っている竜が仕返しをするかもしれん。」父親にそう言われるたびに、娘はため息をついて、ぼんやりと川を眺めるだけの毎日でした。
 神無月になると神様は出雲に出かけます。「父親のいない間に川を見に行って見ましょう。」父親が出かけるのを待ちかねて、娘は白鷺に乗り白石川の河原に降り立ちました。川辺に近づいて、そっと手を浸すと、ひんやりとした水の冷たさが伝わってきました。
「おお、冷たい。でも、なんて美しい流れでしょう。」今度は足を入れてみました。川の流れがかかとの砂を削って行きます。
だんだん楽しくなってきた娘は、とうとうパシャパシャと音を立てながら小走りに走り始めました。
すると突然「私の体を踏むのは誰じゃ」水面から白い竜がぬっと娘の前に現れました。娘は驚いて河原に尻餅をついてしまいました。
「お主は誰じゃ。」そばにいた白鷺が答えました。
「羽山の神様のお嬢さまです。」竜は水辺から上がると娘の周りを、ゆっくりと一回りしました。
「羽山の神・・・・。あぁ、わしが暴れると押さえつける奴か。」竜は娘の周りをぐるぐる、ぐるぐると回り始め、だんだん早く回り始めました。するとどうでしょう。娘は白い竜に姿を変えていきました。
しばらく、二匹の竜は円を描いていましたが、やがて 川に姿を消しました。
驚いた白鷺は川の上を何度も何度も飛び回り、娘を探しましたが、もう川の流れにまぎれて、見失ってしまいました。
 出雲から戻った羽山の神様は、白鷺から話を聞いて驚いてしまいました。
「あの川に娘がおるのか・・・。」神様はがっくりとして、山から白石川を眺めました。
それから何ヶ月たったでしょうか。
かって娘だった竜は、白石川を泳いで船迫を通るたびに、羽山を仰ぎ見ていました。
「あぁ、お父様に会いたい、きっと悲しんでおられるでしょう。私が言いつけを守らなかったばかりに、こんな思いをさせてしまい、本当にごめんなさい。」しばらく川を漂いながら、また下流へ流れていきました。
 ある日大雨が降り、川の水が増えてきました。羽山の神様は、川がこれ以上暴れないように、山から念じていました。
すると、麓の山に一筋の流れができて、だんだんと大きくなってきました。神様が念じても念じても、だんだんと流れが増していきました。目をこらして見ると、白い竜が流れに見えました。
「悪さをするのはあいつだな。」神様は竜めがけて大きな石を投げつけました。一回、二回、三回、投げつけるたびに竜は体を折り曲げて苦しみました。
四回、五回、六回、七回でやっと竜は力尽きました。
と、同時に水はどんどん引いていき、神様はほっと胸をなでおろしました。
翌日神様が山の麓を見ると、なんと娘が倒れているではありませんか。
「あの白い竜は娘だったのか・・・・・。」 川の水があふれた勢いで、竜の姿になった娘は、山へ帰ろうとしていたのです。
神様は娘を抱きながら、ただひたすら涙を流しました。竜が昇ってきたところには、水が引いても、 涙がしずくのように、点々といくつかの池ができていました。それからは大雨が降ると池がつながり、小さな川が出来たそうです。それはまるで羽山に帰ろうとする娘の姿のようでした。
 里人が住むころには、池の周りを囲むような道ができ、やがて街道になりました。そして七つの曲がりのある宿場町ができたそうです。

陶久尚子 作