1571年に岩手藩の清水秀全によって書かれた「増補行程記」を基に、奥州街道を調査し、
歴史遺産を歴史遺産として認識し、保全、公開しようとする活動です。初年度は「柴田町郷土
研究会」に提案し、協力して奥州街道研究家の高橋進氏の講演会を開きました。
柴田町には3ケ所、大河原町には2ケ所の一里塚があったことが記されていますが、歴史的遺産と
して整備されていません。高橋氏によれば増補行程記では日本橋を基点に79番目が金ケ瀬、
80番目が大河原、81番目が船迫、82番目が柴田、83番目が四日市場(仙台北目町−89番)
になっています。四日市場の場所は公図も残っており、比較的正確な場所が分るため、ここを基点に
金ケ瀬方向に距離測定しながら歩いて見ました。(上図参照)
柴田町については明治43年の官有地台帳により地番は判明していますが、現在地と一致してい
ません。大河原町についても、今まで言われてきた場所とずれているという結果になりました。
正確な奥州街道を歩いたか、一里塚が正確に1里あったのか等、今後検討することが残りました。